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◆王様の仕立て屋
今、イタリアにはまっている。はまっている理由は秘密だが、なかなか、おもしろい国である。いろいろと本を読みあさっている中で、こういう本に出会った。
大河原遁「王様の仕立て屋」、集英社
ミラノに工房を構える織部悠という神の域に達している仕立職人が主人公のコミックス。仕立て職人として次から次に、顧客の無理難題をかなえていく一方で、ジラゾーレ社というグローバル展開をするアパレルメーカのお助け職人としても活躍する。まあ、貴族階層が残るヨーロッパならではの物語ともいえるが、学べることは多い。
織部悠が優れた職人であることの基本にあるのは、卓越した業務スキルである。店に服を仕立てに客がくる。基本的には、客の要求を聞いてデザインを決め、採寸をし、仮縫いをする。そして、それをフィッティングして、顧客の要求も聞きつつ、収束させていく。エンジニアリングでいえばプロトタイピング型のプロセスである。
ここで言うスキルとは、採寸のスキル、布の裁断のスキル、縫製のスキルなどの他に、顧客の要求を聞き出すコミュニケーションスキルである。
◆黒人ジャズミュージシャンの話
しかし、ここで注目したいのは、洞察力とビジョン提示力である。例えば、最新号(21号)には、米国に出張し、黒人のジャズミュージシャンが米国で成功し、ヨーロッパに凱旋することになり、そのステージ衣装を作るというストーリーがある。そこで、織部悠はコットンのスーツを進めるが、ミュージシャンはウールにしてほしいという。その背景には黒人が綿花農場で奴隷として使われたという歴史や、下積み時代につぎはぎらだけのコットンシャツでバカにされたというキャリアがある。
しつこく勧めたところ、そのミュージシャンは怒って別のブランドのものの高級スーツを作る。ところが、そのスーツは演奏に向かず、演奏が荒れてきて、ヨーロッパ公演はキャンセルの危機を迎える。
そこで、ミュージシャンは再び織部悠を訪問し、謝る。コットンを勧めた理由を尋ねられた織部悠はマイルス・デイヴィスが、ビル・エヴァンスをバンドに迎え、白人を入れたことを非難されたときに、平然と「才能があれば何色でも関係ない」と言い放ったというエピソードを語る。
それを聞いて、ミュージシャンは自分の勘違いを悟る。
まあ、こんな話である。そのあとで、アームホールを工夫して、演奏しやすい服を作るというスキルも発揮するのだが、これはおまけ。
◆価値観の洞察とビジョンの提示がスキルを活かす
1着の服を作るという小さい話なのだが、織部悠は黒人ミュージシャンの価値観を見抜き、彼をプロデュースするビジョンを見立て、見事にそのビジョンを実現している。
この話で考えてみたいのは、ウールのスーツでは演奏に支障が出るので、コットンを勧めるというだけでよいのだろうかという問題だ。これだけで十分に利にかなっている。しかし、これだけで、果たしてこの黒人ミュージシャンはコットンのステージ衣装を受け入れただろうか?ここがポイントである。
僕は受け入れることはなかったと思う。受け入れて貰うには、価値観に対する洞察と、その価値観の延長線上にあるビジョンの提案が合ってこそだったと思うのだ。
テイラーに限らず、人から何かを頼まれ、提供していく仕事をしている人は、この洞察とビジョンを提示するプロデュース力が生命線であり、そこで初めて、スキルや知識を活かすことができる。
この2つを兼ね備えたようなリーダをイタリアでは「プロジェティスタ」と呼ぶ。
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